ミクロの決死圏

このところNHK BSPremiumで古いSF映画を大放出してくれていて、久々に『アンドロメダ…』や『カプリコーン・1』『ソイレント・グリーン』『ブラジルから来た少年』などにお目にかかった。そのうちの一つ、『ミクロの決死圏』の冒頭部、探査艇「プロテウス」(プロメテウスではない!)がミニチュアライズされて人体にインジェクションされるまでの表現が面白かったので書いておこう。

被験者その人は多分(笑)ソ連のスパイで、物質をミニチュア化する軍拡競争の最新技術を西側に伝えようと亡命を試みて、で、どういうわけか米国に潜入していた(多分)ソ連の暗殺隊の妨害行動で脳に損傷を受けたという設定になっている、らしい。

なんともいい加減な設定ではあるのだが、本題に入るまでの数分間、ほとんど台詞もなく、映像だけで表現されているのは好感が持てる。ただ、米軍があっさりやられるぐらい大量の(多分ソ連の)軍隊が潜伏していたことになり、これが実際の事件だったらアメリカ議会で相当問題になるのは必定だと思われる展開である。

ともあれ、被験者は脳にダメージを食らい、彼が知る最新技術を確保する救命措置に取り組むため、集められた科学者らがミニチュアライズされ被験者の人体に注射される。

上下に動くのが不得手そうな斬新なデザインのプロテウス。人体地図が、GoogleMapではなく、手書き図面として筒状の棚に「順に収まって」いて、そこから「リピータ」というツールを通して操縦席の、カーナビより小さいブラウン管モニタに連動され、人体内部を縦横に駆け巡る設定らしい。管制室との通信はモールス信号。動力は放射性元素の原子核一粒。

ここまではややへんてこな感じ。
ところがいよいよミニチュア化という段になると俄然引き込まれる。

フェーズ1(第一段階)。蜂の巣のようなヘキサゴンタイルのフロアに配置されたプロテウスは、不可視のビームを浴びて徐々に縮小され、数センチのフィギュアサイズに。船内からのショットでは、司令室が徐々に遠ざかって行くかの表現。

フェイズ2(第二段階)。このままミクロサイズにしたら注射器で吸入できないよなあ、などとハラハラしながら観ていたら、フィギュアサイズのプロテウスをマニュピレータで吊し上げる小さいクレーンが登場。船内からのショットではフロントの広々とした採光ガラス一面にプロテウスを「レッカー移動」させる担当者の顔面が広がってこちらを覗き込んでくる。ヘキサゴンタイルの一枚が迫り上がり、直径70cmもあろうかという超巨大な注射器のシリンダーの中にプロテウスを無振動で投入。「ハイテク」で固めたプロテウスで、なぜか手動になっているのがご愛敬の排水バルブを押し開き、まるで深海探査艇のごとくシリンダーの最下部まで自力、いや人力で潜入。

フェーズ3。どうするのかと観ていると、その注射器ごと再度ミニチュア化を強行、通常サイズにまで縮小された巨大注射器シリンダーにロボットアームでピストン部を無振動で装着、注射針を付け細菌サイズにまで縮小されたプロテウスを被験者の首元へこれまた無振動で注射。プロテウスは高速で人体内部へと送り込まれるのであった--

そこから先は、光の波長以下のサイズの人間の「目」に人体内部の赤血球が果たして見えるかどうかなど一切問題にされず、プロテウスはどんどん人体内部の探検旅行に突き進んでいくことになる。ここからはまた、現在の生物・医学知識等からみて正直いただけない表現が百出する展開になっていく。が、そのファンタスティックな航海に至るまでの、特にミニチュア化されるプロセスでの工学的表現は、プロテウスに与える振動の致命的問題解決や目に見えないまでにそれをミニチュア化するための創意工夫が感じられ、けっこう「なるほど」と唸らされる。それだけでなく、ブラウン管を覗き合ってする(まだ現在でも実現できてない(笑))先進的なテレビ電話での会話表現など、現在の我々の技術や生活から観てあまり違和感のないテクノロジー表現がこの冒頭部分では繰り広げられている。

作品が1966年制作だと考えれば、なかなかの未来予測である。いや、このときからすればあくまで空想の表現に過ぎないのであるがけっこう的を射た表現になっている。

白血球にやられそうなメンバーのシーンではティム・バートンの『エド・ウッド』を思い出して苦笑い。だが、初頭の工学的「空想」表現ではこの映画はなかなか見所があると再認識させられたのは収穫だった。ただし「高度に科学的考証を重ねたジュブナイル」という域は越えておらず、PKDの領域までは遙かに届かないのは言うまでもないだろう。

とはいえ、人間を縮小できると断定して語り始める独創性は、P.バーホーベンの『インビジブル』にも似た、ある種のセンス・オブ・ワンダー(SFの本質的テイスト)を抜きがたく感じさせると言うべきかも知れない。

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