母いすゞ
映画ではないけれどずっと気に入ってる音楽PVの話。吉井和哉の『母いすゞ』。リリースが2011年ということなのでPVも10年経とうというのにまだ斬新さが消えない。今回、久しぶりにYouTubeで母いすゞを覗いてみたら、アップロード日が2021年7月28日になっており、画質もかなりキレイになっていた。
歌詞の内容とPVの表現には恐らくなんの関連もない。
PVの方はB系の若者が歩道橋や米軍基地のような場所で溜まって酒をラッパ飲みしているシーンから始まる。シーンのTransitionでは前の画が画面にこびり付き、それが次の画面の出現でボロボロと崩れていく。
いわゆる「バリノイズ」でのTransitionである。
バリノイズは、安物の録画機器やワンセグTVの画面変わりの際にしばしば起こる。画像や受像信号に載ったノイズなどのせいで、前の画面が固まってしまい、次の画面とのスムースな繋ぎができずに現れる。この『母いすゞ』では、映像のTransitionの際に敢えてそのバリノイズを強く発生させ、前の画面の固まった画から次のシーンの動いてるものの形状が、まるでシーツの下にうごめく動物のようにもぞもぞと蠢いて(うごめいて)出てくる。敢えてこうした繋ぎ方をすることにより、いかにも安物臭い機材で動画をみているような感覚を引き起こし、画面の若者等が貧しく、職にあぶれているテイストを醸し出している。
若者等の衣装や仕草ももちろん、職にあぶれて吹き溜まっているかの若者らを表現している。が、こちらはとってつけたような演出であり、役者も素人感が強い。むしろ彼らの置かれた状況をより力強く表現しているのはこのバリノイズのTransitionだ。
最初にこのPVを観た時、やられた、と思った。どんどん真似されると当初見ていたが、ひょっとすると技術的にも簡単ではないのか、類似の映像演出はこの10年観たためしがない。評価されて良い音楽PVだろう。